つたや旅館 昭和初期の豪商の邸宅を改装した和洋折衷のレトロな旅館
山惣商店は文久元年(1861年)に旅籠として建築された
宮内邸は江戸初期に郡中灘町を拓いた宮内小三郎の家
愛媛県西条市小松町新屋敷 大正15(1926)年
江戸時代に重要な港としての役割を果たしていた岩城島には、松山藩の島本陣とされた「三浦邸」が置かれていた。三浦邸は塩田開発や回船業で繁盛した豪商で、藩の公的な接待の場所としてその邸宅が使われた。部屋の間取りや庭園などに島本陣としての風格をうかがわせる貴重な建物だ。大正・昭和期には若山牧水・吉井勇が訪れ歌を残している。昭和52年に御成門や主賓の間、畳敷きの便所などが修復され郷土館として開館した。
愛媛県越智郡上島町岩城 江戸時代
愛媛県松山市立花 明治25(1892)年
中江藤樹は日本陽明学の始祖で、後年「近江聖人」と称えられた江戸初期の儒学者。近江国(滋賀県)に生まれ、9歳のころ伊予国(愛媛県)に来て、成長して大洲藩家臣となり、独学で儒学を究め、徐々に好学の藩政を醸成する。その藤樹の遺徳を偲び屋敷跡があったとされる大洲高等学校内に、古い和風建築で落ち着いたたたずまいの旧邸が復元され、書院「至徳堂」と名付けられた。愛媛県指定史跡。
愛媛県大洲市大洲 昭和14(1939)年
燧灘に面し志島ヶ原を有する今治市桜井地区。菅原道真がこの地に辿り着いたことで、桜井に縁ある「志島」「綱敷」「衣干」の呼び名が生まれた歴史の舞台だ。かつての天領地で御用米を運ぶ港として栄え、廻船業の拠点地となった。廻船業者が各地を巡って漆器を販売するようになると「椀船行商」が始まり、やがて桜井漆器の産地として発展した。そして現在は海老や鯛、蟹など瀬戸内海の豊かな地魚が獲れる港町として、かつての美しい風情を残している。そんな桜井地区に残る懐かしい近代建築を集めた。
愛媛県新居浜市星越町 昭和4(1929)年