2025年5月10日土曜日

戦艦の砲弾

楢本神社境内には本物の戦艦の主砲弾が祀られている。左の大きい砲弾は有名な戦艦「大和」に搭載されていた世界最大最強を誇った46cm砲弾で、右の小さい砲弾が日露戦争でバルチック艦隊を破った旗艦「三笠」のもの。神社内には「神風特別攻撃隊記念館」もあり、九十九式25番の実物や、93式中間練習機(赤とんぼ)のプロペラの実物、25mm機関砲の弾頭、軍服などが展示されている。また太平洋戦争末期に神風特攻隊第一号敷島隊で、特攻死を遂げた西条市出身の関行男隊長をはじめとする五軍神の碑もある。

愛媛県西条市大町

2025年5月4日日曜日

佐田岬の軍事施設跡4


佐田岬先端には本土決戦を睨んで終戦直前に完成した二つの穹窖砲台が残っている。穹窖とは半円形の洞窟のこと。まず佐田岬灯台の直下にあるのが第三砲台(写真)で、海上から15mの高さの断崖絶壁に砲門が二つ設けられ、三八式十二糎榴弾砲が設置されていたそうだ。内部見学は不可。またさらに先端の御籠島にも二つの砲門をもつ第四砲台がある。こちらは近年見学できるように整備され、素掘りの洞穴は崩落防止のためにコンクリート補強し、砲門のひとつに三八式十二糎榴弾砲のレプリカが設置された。

愛媛県西宇和郡伊方町正野 昭和20(1945)年

2025年4月26日土曜日

伊予鉄道もろもろ


復活した坊っちゃん列車

子規堂に展示されている客車

徐々にコンクリート化されているが、花崗岩の石畳のレール敷きが多く残る松山市内。明治21年から昭和29年まで松山を走っていた通称「坊っちゃん列車」。わが国最古の軽便機関車で、夏目漱石の小説「坊っちゃん」ではマッチ箱のような汽車と紹介された。平成13年からは「坊っちゃん列車」が復活、煙をはきながら走る姿はまるで明治時代にタイムスリップしたよう。その第1号機関車実車は梅津寺公園に、客車は子規堂に展示されている。

2025年4月19日土曜日

日暮別邸

宮窪町の四阪島にあった「日暮別邸」が、平成30年に新居浜市王子町に移築、現在は日暮別邸記念館として一般公開されている。以前、当ブログで紹介したが、四阪島にあった当時の写真が出てきたのでアップする。日暮別邸は竣工当初は洋館に隣接して小規模な和風の付属棟があり、地階には撞球台を備えた娯楽室、上階には付き人用と思われる二間続きの和室を備えていた。移築されたのは洋館のみで、付属棟は除外された。四阪島は住友の私有地で立ち入り禁止のため、洋上からの撮影であったが今はなき和風の付属棟も確認できる。

愛媛県今治市宮窪町 明治39(1906)年

2025年4月12日土曜日

法安寺五重塔

飛鳥時代創建と伝えられる法安寺。境内には昭和初期に建立された中国の塔をモデルにした五重の塔がある。直径20センチほどの「京美人」を中心に1千株余りのボタンが植えられていて、春には色とりどりの大輪の花が咲き揃うことから「千本ボタンの寺」と呼ばれ、多くの人が訪れる。

愛媛県西条市小松町北川 昭和4~5年建立

2025年4月5日土曜日

ぶらり八幡浜市

 八幡浜市の中心部に残るレトロな近代の建築物を一気に紹介する。

坂本歯科医院

靴のタマイ

レンガ通り

アーケード内

アーケード内


個人宅

2025年3月29日土曜日

今治の旧配水流量所




大谷墓地近くに、戦前のものと思われる今治市水道局(当時)所有の馬越配水池からの旧配水流量所の建物が残っている。ほとんど誰も気が付かない場所にある朽ちるがままに放置された小さな建屋。中央に旧今治市章に「水」の字を図案化したマークがあり、建物内部には配電盤も残っていた。

愛媛県今治市山方町 年代不詳(戦前?)

2025年3月22日土曜日

鈍川発電所




昭和橋

愛媛水力電気株式会社により認可出力515kwで操業を開始した水力発電所。木地川の更に1.5㎞ほど上流部の堰堤から取水し、水圧管の長さ約500m、有効落差約138m。今も現役で活躍している水力発電所で、最大出力800kwに増強され玉川全域に電気を供給している。木造平屋寄棟造りの建屋は、窓などは改変しているが当時の面影をよく残している。また旧鈍川小学校前にある昭和橋は昭和3(1928)年 の架橋。

愛媛県今治市玉川町鈍川 大正9(1920)年

2025年3月15日土曜日

氷見の戦争遺産2



石鎚開発の資材置き場(工藤家所有地)には、戦時中に掘られた弾薬や燃料の保管庫だった壕が今も残っている。穴の入り口付近は石積みやコンクリートで補強され、内部は素掘りのままだが広く迷路のようになっていた。プレハブの建物の下にも地下壕があり、現在も使われているため吹き付けやブロックで補強されていた。

工藤家軍用地下壕 愛媛県西条市氷見 太平洋戦争中

2025年3月8日土曜日

氷見の戦争遺産1



西条市氷見には太平洋戦争当時、海軍航空隊の飛行場(のちの小松ゴルフ、現西条小松太陽光発電所)があって、約4㎞南の切川地区には今も飛行場に関連する軍用地下壕が現存する。山を貫いて網の目のように掘られた総延長200mにも及ぶ地下壕は、素掘りのため天井の土砂が落ち堆積していたが、予想以上にきれいな状態で残っていた。通信機能を移転しようとした形跡もあるそうだ。

切川軍用地下壕 愛媛県西条市氷見 太平洋戦争中

2025年3月2日日曜日

旧新田産婦人科

昭和16(1941)年頃に建てられた大洲市大洲の旧新田産婦人科が、四国や瀬戸内のものづくりや地域の文化を伝えるアンテナショップ「うなぎの寝床愛媛大洲店」として再生している。また年代は不明だが、同じく大洲市大洲の小谷商店本店は、町角に建つ和洋折衷の建物でコーナー部2階の2本のイオニア式オーダーが特徴。


旧新田産婦人科

小谷商店本店

大洲城前の古民家を再生したホテル

大洲市長浜

歴史的な町並みが多く残り「伊予の小京都」と呼ばれる大洲市はいま、外国人に人気の観光地になりつつある。官民を挙げて古民家を再生、ホテルなどに転用する事業が実を結んだためで、持続可能な町づくりにつながっている。このような取り組みが今後も続いてほしい。




2025年2月22日土曜日

ぶらり今治桜井方面

今治市の南東部に位置する桜井方面の富田地区、朝倉地区の古い建物を紹介する。まず心霊スポットとして有名になった河南病院は、もとの製糸工場を結核の療養施設に転用したため高い煙突が特徴的な建物だった。詳細は不明だが1967年頃にはすでに病院として運営していたようだ。廃院後も建物の中に医療器具や患者のカルテなどが散乱していたため、一気に廃墟の心霊スポットとして注目された。現在は取り壊されている。宮ヶ崎にあった南劇場。かつては演劇や映画で大変な盛況だったが、現在は更地になっている。旧朝倉郵便局は室内に一枚板の長いカウンターがあったそうだ。現在は駐在所が建つ。

河南病院

南劇場

富田駅前

富田駅前にあった米倉庫

旧朝倉郵便局




2025年2月15日土曜日

酒井家

建築当時は海岸に近く、風光明媚な立地条件にあった。その後、昭和40年前後から始まる埋め立てにより、海から離れ周辺環境は一変したが、西条では数少ない戦前の洋館として貴重である。

愛媛県西条市船屋 昭和戦前

2025年2月8日土曜日

伊予鉄道高浜駅



伊予鉄道は明治21年に松山~三津間で開業。高浜駅はその4年後に三津から路線が延伸された際に終点駅として設置された。現存する駅舎は明治38年に高浜築港計画の一環として桟橋近くに移設された説と、昭和初期に電化・副線化された際に建て替えられた説があり真相ははっきりしない。なお2013年公開の福山雅治主演「真夏の方程式」のロケで波瑠ヶ浦駅として使われた。

愛媛県松山市高浜町 不明

2025年2月1日土曜日

ぶらり旧上浦町

今治市島嶼部、大三島の上浦町。建築年のはっきりしないものや今も現存しているか定かでないものなど、撮りだめていた物件を一気に紹介する。上浦町井口港近くに残るコンクリートの橋脚は、旧陸軍が造ったパイプラインの跡だとか。ちなみに何に使っていたかは不明。



上浦町盛地区、灌漑用水用の野井戸。明治末期

上浦町盛港近く、煉瓦煙突のある洋館。昭和3年

2025年1月25日土曜日

旧別子山村の遺構

約280年間、日本有数の銅を産出していた別子銅山。掘った坑道は総延長700km、掘った深さは海面下1000mに及ぶ。最盛期には別子山村の山中に12000人が暮らし、300名に迫る児童数を誇る小学校まであり、劇場や醸造所、病院なども造られた。煉瓦造りの煙突が残る小足谷醸造所は、明治3年に醸造を開始し「ヰゲタ正宗」という銘柄の酒を作り、最盛期には年100キロリットルも製造されていた。崩落防止のための補強がされている。


立派な石垣と小足谷劇場にあがる大石段


歓東坑は2001年に復元修理された

高橋製錬所跡