大正時代に建築された旧桑折醫院が、隣接するこおり小児科の乳幼児デイケア施設として平成13年から利用されています。改装にあたっては大正時代の外観の雰囲気をできるだけ残すよう配慮されています。
愛媛県宇和島市中央町 大正6(1917)年
大正時代に建築された旧桑折醫院が、隣接するこおり小児科の乳幼児デイケア施設として平成13年から利用されています。改装にあたっては大正時代の外観の雰囲気をできるだけ残すよう配慮されています。
愛媛県宇和島市中央町 大正6(1917)年
愛媛県伊予市灘町 明治44(1911)年
愛媛県新居浜市立川町 大正4(1915)年
松山市郊外の港町・三津浜地区にある四国で最も早く明治21年に開業した駅のひとつ。旧駅舎(2代目)は昭和6年の高浜線電化と同時期に建てられた。風情ある木造駅舎だったが、駅前広場の拡張整備に伴い解体された。現在の3代目駅舎は2代目のデザインを継承して平成21年にできた。ちなみに明治28年に松山に赴任してきた夏目漱石が三津浜港から四国に上陸し、最初に汽車へ乗ったのがこの三津駅だったそうだ。
愛媛県松山市三杉町 昭和6(1931)年
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| 初代(砂場公園) |
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| 初代(サンライズ糸山) |
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| 2代目(今治港) |
腕木式としては国内で最後まで現役を務め、103年にわたり潮の流れと進路を船に伝えてきた。高さ約5m、鉄のアームの両端に取り付けられた丸い赤と四角い黒の表示板が上下に動いて潮流の向きを知らせた。老朽化のため1990年に2代目と交代したが、電光掲示板などの設置が進んだため2011年度末で廃止、撤去された。初代の信号機は撤去後に砂場公園に移設されていたが現在はサンライズ糸山で、2代目は今治港で見ることができる。
大小の島が点在する来島海峡は、潮流が早い国内有数の通航の難所として知られる。潮の流れに応じて原則の右側通航から左側に変える、世界でも珍しい規則もある。隣接するレンガ造りの吏員退息所も当時のものだったが、2代目信号機とともに撤去され、現在は灯台が残るのみとなった。
愛媛県今治市吉海町 明治42(1909)年
愛媛県西条市丹原町志川 昭和6(1931)年
愛媛県大洲市大洲 大正14(1925)年