愛媛県大洲市河辺町三嶋 大正12(1923)年
2023年6月24日土曜日
三嶋橋
三嶋神社の参道にあたることから、神様への信仰心をあらわすため屋根をかけたと伝わる。架設費用の大半を地元や関係者の浄財を募り架設され、その後も地元住民によって維持管理されてきた。平成7年に屋根の葺き替えと橋桁の修理などが行われ、その際老朽化した屋根が杉皮葺きからトタン葺きに変わった。
2023年6月17日土曜日
藤田本家・岡城館
藤田家は江戸時代より多喜浜塩田の役職を務める傍ら、屋敷内に岡城館剣道場を構え近隣の青少年に武芸を指南してきた。屋敷内の迎賓館からは、北方に広がる多喜浜塩田が一望できたという。しかし平成16年の集中豪雨で大きな被害を受けたため建物は取り壊し、現在は岡城館歴史公園として多喜浜塩田の歴史を伝える公園になっている。園内には邸宅の母屋や離れの基礎部分を残し、実際あった部屋名のプレートを立てている。建て直し不可能と言われていた剣道場は平成18年に再興された。(写真は取り壊し前)
愛媛県新居浜市楠崎 昭和初期
2023年6月10日土曜日
美名瀬橋
赤レンガ倉庫「旧東洋紡績川之石工場」前の美名瀬橋。架橋当初は欄干は鉄柵で、親柱は灯籠の役目を果たすハイカラな橋だった。欄干は戦争の金属供出で撤去され、現在はコンクリートになったが、老朽化に伴う改修工事などによって、現在も往時の姿が保たれている。ロケーションの良さから映画の撮影にも用いられ、川沿いに続くもっきんろーどは散歩コースに最適。
愛媛県八幡浜市保内町川之石 昭和8(1933)年
2023年6月3日土曜日
申義堂
開明学校の前身で門下生や町民の有志により建てられた私塾の申義堂。木造平屋建て、切妻桟瓦葺き屋根で、右手に玄関があり、その奧床の間付き10畳の座敷が教場に当てられた。座敷の隣には6畳2室と3畳の部屋などがあり、講師の住居として計画されたものと思われる。坪ヶ谷から現在地に移されたあとは開明学校の校舎の一部として使用され今に至っている。
愛媛県西予市宇和町卯之町 明治2(1869)年
2023年5月27日土曜日
メートル棒
日露戦争当時、バルチック艦隊を迎え撃つため築かれた小島砲台と敵艦隊との距離や方位を測定するために建造された立標である。当時の日本では計量の単位に尺貫法を用いていたが、海軍は英国との関係が深かったため立標にメートル単位を刻んでいることから「メートル棒」と呼ばれた。建材は主に石灰で、先人の話では時折、小島の見張り所から探照灯で照射する姿が見えたそうだ。しかし大正5(1916)年に立標は倒壊、現存するものは復旧後のものである。その後、大正13年に小島砲台は廃止となったが、立標はそのまま残された。
愛媛県今治市波方町波方 大正時代
2023年5月20日土曜日
明星川橋
心に残る多くの作品を世に送り出した北条出身の作家・脚本家の早坂暁さん。その生家前の明星川にかかるのが明星川橋だ。生涯にわたって古里を愛した、代表作「花へんろ」もここが舞台だ。旧国道196号線のクランクになったところ、作品に登場する勧商場の屋号は今も残る。秋の北条祭りで神輿を川に豪快に投げ入れる「みこしみそぎ」が行われる場所でもある。
愛媛県松山市北条辻 昭和8(1933)年
2023年5月13日土曜日
西条武徳殿
武徳殿とは平安時代に大内裏にあった殿舎の一つで、宮中で競馬などを観覧する際に用いられた。明治28年設立の大日本武徳会の本部道場は、かつて大内裏にあった武徳殿に因んで「武徳殿」と名付けられた。その後、全国各地に武徳会の支部道場が作られ、その一つが愛媛県立西条高校の南側、現在の西条市出身の彫刻家・伊藤五百亀の顕彰施設「五百亀記念館」の駐車場になっているところにあった。2009年撤去。
愛媛県西条市明屋敷 昭和11(1936)年
登録:
投稿 (Atom)















