多いときには500人以上が働く今治を代表する綿織物工場だった興業舎。第二工場は昭和18年に東芝今治工場に買収され、昭和25年にはハリソン電機になるが、工場本館、寄宿舎、機械部棟(旧ボイラー室)が興業舎時代の建物を使用していた。平成12年にハリソン東芝ライティングに名称変更、同年に工場本館が取り壊され、ボイラー室のみ残っていたが、平成17年に取り壊された。現在はその煉瓦塀がモニュメントとして残されている。敷地内のため自由に入ることはできないが、県道から見える場所にある。
愛媛県今治市旭町 大正初期

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