昭和30年に亀岡村と菊間町の合併により菊間町が誕生し、その後は役場の亀岡支所として昭和62年まで使用された。現在は個人の住居となっている。
愛媛県今治市菊間町 昭和18~20年頃
愛媛県松山市山西町 昭和15(1940)年
現在もマイントピア別子の観光鉄道が走るトンネルとして使用されている。旧別子鉱山鉄道下部線のトンネルのひとつで、住友技師の小川東吾が設計した。延長は92.55m、幅員は3m。側壁部分は長手積みによって組まれたレンガ造り。中尾トンネルとも呼ばれる。
愛媛県新居浜市立川町 明治26(1893)年
愛媛県今治市波止浜 明治41(1908)年
愛媛県上浮穴郡久万高原町上黒岩 大正11(1922)年
四国霊場第61番札所の香園寺近くの畑に、立派な門柱一対が放置されています。この門柱は香園寺36代住職の山岡瑞圓師が設立した三密学園の門柱で、山岡氏は戦前に子安大師講をひろめるとともに三密学園や子安中学(小松高校の前身)を創立するなど、教育の普及に尽力された香園寺中興の祖だということです。
愛媛県西条市小松町南川 大正15(1926)年