約280年間、日本有数の銅を産出していた別子銅山。掘った坑道は総延長700km、掘った深さは海面下1000mに及ぶ。最盛期には別子山村の山中に12000人が暮らし、300名に迫る児童数を誇る小学校まであり、劇場や醸造所、病院なども造られた。煉瓦造りの煙突が残る小足谷醸造所は、明治3年に醸造を開始し「ヰゲタ正宗」という銘柄の酒を作り、最盛期には年100キロリットルも製造されていた。崩落防止のための補強がされている。
立派な石垣と小足谷劇場にあがる大石段
歓東坑は2001年に復元修理された
高橋製錬所跡


















