2025年1月25日土曜日

旧別子山村の遺構

約280年間、日本有数の銅を産出していた別子銅山。掘った坑道は総延長700km、掘った深さは海面下1000mに及ぶ。最盛期には別子山村の山中に12000人が暮らし、300名に迫る児童数を誇る小学校まであり、劇場や醸造所、病院なども造られた。煉瓦造りの煙突が残る小足谷醸造所は、明治3年に醸造を開始し「ヰゲタ正宗」という銘柄の酒を作り、最盛期には年100キロリットルも製造されていた。崩落防止のための補強がされている。


立派な石垣と小足谷劇場にあがる大石段


歓東坑は2001年に復元修理された

高橋製錬所跡

2025年1月18日土曜日

佐田岬の軍事施設跡3



戦時中、敵の軍艦や飛行機を発見するための探照灯(サーチライト)格納壕が椿山に残っている。壕は大小二つあり、コンクリート造りの壁には当時の迷彩模様がうっすらと確認できる。探照灯は台車に乗せて敷設したレールを移動していたそうで、その台車道も残っている。

愛媛県西宇和郡伊方町正野 大正~昭和

2025年1月11日土曜日

ぶらり今治市内

今治市は太平洋戦争の空襲で多大な被害を受け、特に中心部は戦前から残っている建物は非常に少ない。今回はそんな今治市中心部に残る懐かしい建物を紹介したい。詳しい資料がないので、あるいは戦後の建物かもしれないが、ぶらぶら歩いていて目についた風景を集めた。また今治市は、世界的建築家の丹下健三氏の携わった建造物が密集していることでも知られている。どれも戦後復興の象徴ともなった芸術品だ。散歩するときにはこれらも一緒に楽しんでほしい。

中央図書館前

広小路

新町

辰の口公園そば

弥生公園そば

2025年1月4日土曜日

盤泉荘






令和7(2025)年は「昭和100年」にあたる。そこで今年、築100年を迎える名建築を紹介したい。改修整備が2021年に完了し一般公開された旧松井家住宅だ。施主の松井傳三郎、國五郎兄弟は明治から大正にかけてマニラで貿易会社や移民向けの百貨店を経営し、大きな財を成した。故郷の大洲市に別荘を建てようと試みるが、傳三郎が志半ばで他界。その遺志を継いで國五郎が完成させた。住宅は肱川随一の景勝地と称された臥龍や冨士山、亀山など自然豊かな景観を見渡す高台に立地する。当時の日本家屋には珍しいバルコニーや、施主のイニシャル「K.M」が刻まれた鬼瓦、建材には東南アジアから輸入された南洋材、高い天井の和室など随所に西洋建築のテイストが取り入れられている。裏山の岩盤からしみ出す水を利用していたことから「盤泉荘」とも呼ばれた。

愛媛県大洲市柚木 大正15(1926)年