2023年8月26日土曜日

波止浜塩田の雁木


波止浜塩田は長谷部九兵衛が竹原で塩田の技術を学び、塩田を興したのが始まりと伝わる。現在その跡地は自動車教習所やゴルフ練習場、スーパー、住宅地などにかわり、塩田だったころの面影はほとんどないが、水路の中に堤防石垣と雁木が残る。雁木とは接岸する場所に設けた階段のことで、昭和初期までこの運河を塩や燃料石灰をのせた船が往来していたそうだ。

愛媛県今治市中堀 昭和初期?

2023年8月12日土曜日

四通橋



別子銅山の大動脈だった第四通洞を出た目の前にある足谷川を横断するためのトラス橋。この四通橋を通り、多くの鉱夫が作業に向かい鉱石が運び出された。第四通洞は別子銅山の坑内水を一括して坑外に排出する排水路としての役目も兼ねており、この四通橋を利用して山根収銅所、惣開を経て瀬戸内海へ放流されていた。

愛媛県新居浜市立川町 大正8(1919)年

2023年8月5日土曜日

八幡濱第一防空壕





太平洋戦争以前に作られた四国最初の本格的な防空壕が八幡浜市に残っている。八幡浜市では大規模な空襲はなかったものの、何度か米軍機の機銃掃射などで市民の退避に使われた。また病院の薬品庫としても利用された。戦後、壕の前に貝ボタン工場が建てられ、忘れられた存在になっていたが、平成13年に撤去され壕の入り口が再び姿を現した。現在は住民有志が協力して管理して、見学希望者に開放してくれている。戦後78年が経ち戦争遺産が風化してゆく中、次の世代に語り継ぎたい「もの言わぬ語り部」である。

愛媛県八幡浜市松本町 昭和16(1941)年