2024年11月30日土曜日

明倫堂土蔵

大洲市の観光駐車場はかつて大洲藩の藩校「止善書院明倫堂」があった場所で、片隅には土蔵が残っている。明倫堂は伊予八藩で最初に設立された藩校で延享4年に開校、明治5年に廃校になるまで大洲教育の中心的役割を担った。道路に面した溝には石垣も残る。大洲藩には古学堂(平成30年の西日本豪雨で被災、今年10月修復完了)という私塾もあり、幕末には北海道函館市にある「五稜郭」の設計者として知られる武田斐三郎などが学ぶなど数多くの偉人を輩出した。

愛媛県大洲市大洲 江戸時代

2024年11月23日土曜日

高尾橋



猪狩川(中山川の支流)に架かる古い橋です。

愛媛県西条市氷見 大正13(1924)年

2024年11月16日土曜日

ぶらり旧大三島町

スナック純 元銀行で、その後スナックとして営業していた。



別所橋 昭和12(1937)年 大山祇神社近くの橋で「べつそうばし」と読む。

愛媛県の最北端、瀬戸内海のほぼ中央、大小の島々に囲まれた瀬戸内海国立公園の中心、さらには愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶしまなみ海道の中心、芸予諸島最大の島・大三島にある大山祇神社周辺の古いものを探してぶらぶら歩いてみた。 

愛媛県今治市大三島町宮浦

2024年11月9日土曜日

佐田岬の軍事施設跡2


佐田岬第二砲台には南北に2門ずつ30センチ榴弾砲が配備されていたが、昭和9年2月に撤去された。弾薬庫の壁には今も色鮮やかな迷彩模様が残っており、砲座には雨水が溜まっていた。

愛媛県西宇和郡伊方町正野 昭和2(1927)年

2024年11月2日土曜日

金本鉄店


昭和初期の代表的流行建材だったスクラッチタイルを全面に張った重厚な外壁。左官は市内の高田左官(当時県内でも有数の装飾技術を持った高田鶴一郎)が請け負っている。現存せず。ちなみに高田左官は現在も市内にあり、建物はスクラッチタイルをはめ込んだ疑洋風建築で、正面を飾る洗い出し仕様やメダリオンなどの装飾技術は見事。鏝絵は高田鶴一郎がコテ1本で仕上げた。

愛媛県八幡浜市大黒町 昭和7(1932)年